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    8/31/2009

    過去記事一覧 (その2)

    後で記事を検索しやすいように、全記事をベタでインデックスにしていたが、ひとつの記事の最大容量に収まりきらなくなったようなので、2つに分割した。

    その他

    8/30/2009

    ホテルのアンケートの対応

    旅行から帰ってきてしばらくすると、会社のメールアドレスに泊まったホテルからアンケートが来た。中国でホテルに泊まるとパスポートの提示とは別に、ビジネスで宿泊のときだけかもしれないが、名刺を1枚いただけませんかとよく言われる。今回は遊びだが、会社の契約割引価格だと結構いいホテルがかなりの割引で泊まれるので、会社の契約の旅行代理店経由で手配したので、予約も会社の名前で入っていたからかもしれない。それで、名刺に書いてあるアドレスにメールが来たのだろう。すべての宿泊客に行っているのか、うちの会社が得意客なのかは知らないが。

    まあ滞在中にとりたてて不都合もなかったし、サービスに全く問題はなかったので、おおむね好意的な回答をしておいたが、最後のコメント欄に、ひとつだけ気になったことを書いておいた。それは、ガラスの机でのマウスの使用についてである。立派なホテルに泊まると、ままあることだが、部屋のデスクがオシャレさ優先のデザインなのか表面がガラス製で光学マウスがそのままではうまく使えない。今回は、先日購入したideapad(その後何も詳しく書いてないが)を持って行って、マウスとしては前から会社用で使っていた bluetoothレーザーマウスを一緒に持って行って使おうとしたが、そのまま机の表面では使えないので、そへんにあったパンフレットを敷いてマウスパッド代わりに使ったりしていた。

    そこで、コメント欄に、机がガラス製で光学マウスを使うのに不便したこと、マウスパッドを用意しておいてくれるといいんじゃないか、ということを書いておいた。ちなみに、世界的なチェーンのホテルなので、アンケートは日本語で答えればよかったのでそうした。

    すると、結構すぐに返事が来たのには驚いた。アンケートはチェーン全体で行っているのだが、すぐに翻訳されてそれぞれのホテルにフィードバックされているようだ。返事が来たのは泊まった上海のホテルからで、不便をかけたことのお詫びと、マウスパッドはハウスキーピングで用意してあるので、言ってくれれば貸し出せるとのことであった。実は、ガラスの机で不便だなとは思ったが、マウスパッドを貸してくれとホテルに頼むということは思いつかなかった。何なら、ガラスの机とわかっているホテルに泊まるときは、マウスパッドを自分で持っていった方がいいかなと思うくらいだったので、目から鱗だった。

    早速、迅速な回答に対する謝辞と、次に泊まるときはマウスパッドを貸してくれるように頼みますと、返事を打った。もちろん、他のホテルでも机がガラスだったら、ホテルによってはダメ元としても、頼んでみるつもりだ。

    8/29/2009

    中華レストランでの奇妙な日本人女性

    いかがわしい話のついでに、先に書き忘れた話を思い出したのでここで書いておく。日食を見た日の夜はaripさんと、Taさんと、aripさんのネット友達と一緒に夕食を食べに、南京路の新雅粤菜館に入ったが、そこでのできごと。

    レストランのフロアはビルの2階と3階にあるので、ビルのエレベータに我々一行が店の案内の女性と一緒に乗り込むと、ちょうど一緒に他の日本人男性の旅行客らしき人たち (2人だったか3人だったかちと記憶が曖昧)と、旗袍 (チャイナドレス) を着た女性2名も一緒に乗ってきた。女性2名は割とキャピキャピと (死語?) 日本語をしゃべっていて、聞いたところ日本人のようである。

    我々は3階に向かうのだったが、女性2名は2階でエレベータが止まって降りて行った。男性たちは彼女たちと一緒だったようだが3階まで来て、なんだかどうしていいかわからない様子でもあった。どうも、その女性たちが男性を連れてここに来たように見えるのだが、その当人たちをほっぽって、間違ってか違う階で降りてしまったのは一体どうなっているのか。

    我々の方は別の案内係りに連れられて3階で席に向かったので、後はどうなったか特に気に留めていなかったが、食事が進んで後でふと気が付いてみると、同じフロアの遠くの方の席で、その男性たちと旗袍の女性たちが一緒に食事をしていた。

    さて、この2人の旗袍の女性は一体何者だろうか? レストランの表から中に客を案内する係の女性が旗袍を着ているのはよくあるが、それを日本人がやっているというのは見たことがない。言葉の通じない日本人客を案内するために日本人を雇っているとしても、2人で案内することはないと思うし、案内係としてはあまりに仕事がいい加減である。おまけに、一緒に食事をすることはない。

    だからといって、日本からのツアーの添乗員とかそういうわけでもないだろう。それなら一緒に食事をしていてもまあ不思議ではないかもしれないが、やはり2人というのも変だし、旗袍を着ているのも妙だ。

    一緒に食事をしていた様子から見ると、互いに気を使いあっているようで、同じ旅行者一行というわけでもなさそうであった。

    すると、なんとなく考えられるのは、この女性たちは上海に住んでいる日本人で、小遣い稼ぎに、2人で日本人旅行客をつかまえて、中国語のメニューもわからなくて注文もできないだろうから案内してあげますよ、などと言って一緒に食事を奢ってもらい、あるいは報酬を受け取るようなことをしていたのではないかということである。更にその後があるのかどうかは知らないが。それにしても、日本人なのにわざわざ旗袍を着ているというのも妙ではある。まあ、その方が目を引くからだろうか。しかし、昨日の記事のように南京路で客引きを相手しながらうろうろしていた (笑) が、そういう人が客引きをしている様子は見かけなかった。

    どうも、いまいち腑に落ちない女性たちであった。

    8/27/2009

    南京路の客引き

    南京路歩行街は上海随一の繁華街。国外から国内からを問わず観光客も多い。そんな観光客を狙った客引きも横行している。

    2004年に初めて上海を訪れて、南京路歩行街に行ってみたときが初体験だった。なんとなくぶらぶら歩いていると、妙齢の女性が近づいてきて、少したどたどしい日本語で、自分は日本語を勉強していて、話をする相手が欲しい云々という話をしてくる。最初は初めてのことなので、本当にそういう人なのかと思いかけたが、話が進むうちに、どこだかに行ってお話ししましょうという感じになって、どうも怪しそうだと思った。一緒について行くと、どういうところに連れて行かれるのかは不明だが。

    それ以来、上海に行っても、南京路に行くことはなかったが、今回はホテルがすぐ近くということもあり、結構南京路をぶらぶらすることも多く、結果、客引きに声をかけられることも多かった。こちらがひとりなのも声をかけられやすかった原因のひとつだろう。客引きはたくさんいるが、いくつかのグループに分けられると思う。

    最初は、客引きというより物売りだ。通行人の目を引くような商品を実演して、興味を持って振り向いたりするのを見つけると早速寄ってきて売り込みのかかってくる。写真を撮ってこなかったのが残念だが、今回見かけたのは、靴のかかとの部分に取り付けるローラースケートもどき。以前にヒーリーズというかかとの中にローラーを仕込んだ靴が流行したが、これに近い滑り方をするのだが、違いは普通の靴に取り付けて使うこと、車輪はローラーブレードに使うような車輪を靴の両側につけてあること、そして、その車輪の中にLEDが仕込んであって、走ると色とりどりに光ること。もうひとつは、おもちゃのヘリコプター。これも空に飛ばすと鮮やかな色に光る。どちらも、歩行街ゆえデモンストレーションしやすく、夜になってから人出の多いところで自ら光ることによって目立って通行人の目を引く。かかとローラースケートは、実演は子供がしていることが多かった。ヘリコプターは、どちらかというと年配の女性が売っていることが多かった。

    次は、いわゆるニセモノの時計やカバンの売り込み。これはみんな男性だ。歩いていると、手には小さなカタログのようなものを持ったのを見せて、「トケイ、カバン、ヤスイ。ミルダケ」などと言って寄ってくる。なぜかちゃんと日本人であることがわかるらしく、たいてい最初から間違いなく日本語で話しかけてくるのはプロフェッショナルなところだ。これにつかまると結構しつこくつきまとってくるので、面倒だ。いらない、いらない、と軽く追い払ったくらいでは、全く退散しない。なかには、無理やり体をつかんで引っ張って行こうとすることもあるので、断固として断らないといけない。

    女性の場合は、種類が違う。「今何時ですか?」(あまりに古典的?) とか、「人民広場の駅はどう行けばいい?」とか質問して声をかけてくる。そういうのは最初は中国語だ。あまり相手を見分けていないようである。「どこから来たんですか」とか言ってくるのは、うまく答えないと色々と言葉を変えてみたり、どこの国の人か尋ねてきたりすることもある。また、相手も旅行者を装っていたりして、2人組だったりすることも多い。

    一度、こちらも中国語の会話練習と思って、からかってゆっくり話し相手になってみたところ、最後にあっちに行ってお店に入ってゆっくり話そうと言って、わき道の方に連れて行こうとしたので、そこで、じゃあバイバイということにした。付いていくとどんなところに連れて行かれるのかは不明 (笑)。

    翌日また南京路を歩いていると、また同じ2人組に出くわした。結構長い間話したし、かわいい娘だったので、よく覚えている。また会ったねー。電話番号教えて、とか、記念に写真撮らせて、とか頼んだが、断られた (爆)。

    8/26/2009

    新形式の充值卡

    今回の中国滞在中は、それほどたくさん携帯電話を使うことはなかったが、電話番号の有効期限を延長するために、料金を追加チャージしておいた。元々、2010年4月29日までの期限だったが、100元分追加チャージして、有効期限が180日延長されて、2010年10月26日までとなった。これで、あと丸1年中国に行かなくてもこの電話番号を温存できる。

    チャージカード (充值卡) をコンビニで購入してみると、以前とは形式が変わっていた。それほど遠くない昔に一度形式が変わってたが、また変わったということのようだ。その昔は、チャージカードという通り、クレジットカードサイズのカードで、裏にスクラッチカード式の銀色の部分をこすって、下に印刷されている番号を見るようになっているものだった。それから次に変わったのが、薄手の紙が重ねて縁で貼り合わせてあって、内側に番号が書かれていて、反対面は濃い色の模様になっていて、縁を切り取って開いてみないと読めないというタイプのものだった。確か、習慣で充值卡と呼んでいたが、充值券と書かれていたように思う。

    今回は、一枚ペラの紙で、端の部分だけ上に薄いが透けて見えないフィルムのようなものが貼ってあるものだった。最初、昔のスクラッチカードのように剥がすのかと思ってガシガシこすってみたらうまくはがれず、下の文字を一部傷つけてしまって読み難くなってしまった。単に端からシールのようにめくればいいだけだった。幸いにも、コードは1発で間違いなく通ったけれど。

    シールを剥がす前の状態の画像はないが、剥がした後で持って帰ってきたものの画像を載せておく。

    8/25/2009

    エレベータ階数ボタンのキャンセル

    前回までの記事で時系列の旅行記は終わり。このあと、時系列にあまり関係のない単発の話題を書いていく。

    まずは、エレベータ階数ボタンのキャンセルについて。実は、これは後で調べたところ特に中国に限った話でもなく、最近はそんなに珍しい話でもないらしいのだが、自分にとっては、今回が初めての出会いだったので、いちおうここで取り上げておくことにする。

    従来の一般的なエレベータでは、行き先階ボタンは一度押したらキャンセルということはできず、必ずその階に停まるしかなかった。間違って押してしまったときに、キャンセルできたらいいのにと思うこともよくあったと思う。

    実際にキャンセルできるエレベータがあるという噂は聞いたことがあったが、個人的には実物に出会ったことはなかった。そういうエレベータに乗ったことはあったけれども、乗ったエレベータでキャンセルができるか毎回試してみているわけではないから気付かなかっただけということもあったかもしれないが。

    今回泊まったホテルで、たまたま乗りあわせたホテルの従業員が、一度押した階数ボタンを、ダブルクリックしてキャンセルするのを目にして、おお、これがそうか、と、後で自分でも試して、証拠ビデオも撮影しておいた次第。

    ビデオは、NHKの特ダネ投稿DO画のサイトに投稿しておいたのでそのリンクを下に載せておく。

    8/24/2009

    そして帰国

    7月25日 帰国

    翌25日は帰国だ。昼過ぎの便なので午前中はもう観光に費やす時間はなく、すぐにチェックアウトして、タクシーで虹橋空港まで。虹橋空港は結構何度も利用したが、国際便の出国は初めてだ。

    少し時間の余裕があって、昼過ぎの便と言っても離陸してから食事が出るまでには、ちょっとおなかがすきそうに思った。国内線の待合室は、去年もさんざん時間をついやしたので、よく知っているが、国際線の方はそんなに便数がないので、待合室に入ってからどれほどのものがあるかわからなかったので、出国審査する手前の出発ロビーの上の階にあるレストランに行ってうどんを頼んだが、これが頼んでからなかなか出てこない。ずいぶん後になってからやってきた客の料理が先に出てきたので、文句を言ったらすぐに出てきた。どうも忘れられていたらしい。おかげで、余裕だった時間がすっかりなくなってしまった。急いで出国手続きを通って待合室に行くと、ちゃんと中にもしっかり食べるところはあった。大失敗。お土産を急いで買ったりしていたらほどなく搭乗開始だったので、待合室で無線LANが使えるところがあるかといったことを試してみる間もなかった。

    そして、飛行機は日本に向けて出発。右の写真は、東京に近づいてからの機内から見えた、伊豆諸島の利島と、向こうに小さく見えるのは鵜渡根島(うどねじま)。

    羽田に国際線で到着するのも今回が初めて。去年は行きだけ羽田=虹橋便で、帰りは浦東=成田便だったからだ。国際線の羽田利用は成田に比べて楽というイメージが強いが、帰りはどうもそれほどでもない気がした。これは自宅までの交通の便の都合のせいというのもあるが、成田からの帰りはたいていまっすぐバスを利用するのに対して、羽田の国際ターミナルに着くと、まず空港内の連絡バスで第1ターミナルへ、それから京急に乗って、蒲田から逆方向なので乗り換えて、まだその先も乗り換えて、ずっと通勤電車で座れずに自宅までということになる。同じルートでもまだ行きは元気だからいいが、帰りはこれはちょっとつらかった。時間は成田から帰ってくるよりは短いが、成田からバスなら、乗ったあとはずっと座って寝て過ごせ、最後だけ少し通勤電車に乗ればいいので、かえって楽に思う。

    もうひとつ、今回帰国して困ったことは、iPhoneが帰国してすぐに使えなかったこと。海外滞在中はOFFにしていた3G有効の設定をONにしても、どういうわけかソフトバンクの電波をつかまえない。帰宅途上の電車の中で、リセットをかけてみたりずっと色々試してみていたが、結局つながらず。ソフトバンクショップに持って行こうかと思ったが、その前にまずは自宅で同期をかけてみたがダメ。次に、アプリのアイコンの並びがリセットされてしまうのを覚悟で「復元」をかけて復活したので、ソフトバンクショツプには行かずに済んだ。アプリのアイコンは、前に復元をかけたときはせっかく自分で並べたのがめちゃくちゃになってしまったが、今回はOSのバージョンが上がっているせいか、たまたまかわからないが、アイコンの並びは元のままでほっとした。

    8/23/2009

    CRH2

    さて、いよいよ帰りの蘇州駅。こちらのホームは、横方向に階段を設けてかさ上げしてある。

    入線してきたのは、CRH2。ようやく乗ることができた (笑)。停車したのはちょうど先頭車どうしの連結部のところだった。

    車内もなるほど日本のものと似ている。違うのは、CRH1にも装備されていたが、緊急時に窓ガラスを破砕して脱出するためのハンマーがあること。

    そういえば、行きも帰りもそうだったが、車両に乗り込んで自分の席番号のところに行くと、先に誰かが平然とした顔をして座っている。しかし、切符を確認して声をかけると、すんなりと (もちろん当然だが) 席を立ってくれる。無座のチケットで乗っている人なのだろうが、当然その席の人が来るであろうと思っていても、もし来なかったら儲けものくらいの気持ちで、空いている席にはとりあえず座っておくのだろうか。

    帰りの便は途中にひとつ停車駅があるタイプだったので、行きより少し時間がかかったが、無事上海駅に到着。そういえば、改札口ではCRHの切符は回収されなかった。これも行きも帰りも。上海駅は、出口の改札はメインの出口とは別に地下鉄に直結している通路に行く専用の出口があるので、そのまま地下鉄に乗り換える場合はそちらに行くのが便利だ。

    8/22/2009

    虎丘

    蘇州はCRH2に乗るリベンジがひとつの目的であったが、実はもうひとつのリベンジがあった。2004年に出張ではじめて蘇州に行った際に、移動の空き時間を利用して少しだけ観光をしたのだが、虎丘というところに行ったときに、時間が夕方遅すぎてほんの少しで閉まった後だった。後は時間がとれなくて結局虎丘は中に入らずじまい。その後また2006年に蘇州に出張の機会があったが、このときも観光の時間は取れず。まあ、仕事なのだから仕方ない。今回の短時間のトンボ帰りとしとては、そのリベンジだけは果たそうと思った。

    駅の改札を出ると、駅前広場の向こう側のタクシー乗り場には行列ができているが、車もどんどん来るのでさほど待たずに乗れた。まずは真っ直ぐ虎丘に向かう。駅周辺は2004年以来だが、以前は確かあたりが工事中だったのが、みんなきれいな道路になっているという印象だ。ほどなく虎丘に到着し、付近を少しうろうろしてから、チケットに60元を払って中に入る。

    中は塔だけでなく、広い庭園になっており、ずいぶんゆっくり時間を費やしてしまった。塔の写真は、写真が傾いているのではなく、塔が傾いているもの。CX1は撮影時に画面に水準器の表示が出るので、本当にカメラは傾かずに撮ったと自信を持って言うことができる。

    横にモップを立てて佇んでいるマネキンがいるは、向こう側の通路から見るとみやげ物用のシルク製品の売り場になっている建物の裏口。しかし、何かシュールな図だった。

    少し長居しすぎたが、帰りの列車までの時間で観前街に寄ってことにする。タクシーは簡単につかまらなさそうだったので、すぐ近くにバスターミナルがあったので、そこから観光用路線の「游1」のバスに乗ることにする。停留所を逃すと困るので、停留所の看板を写真に撮って、カメラのモニタで見ながら、今ここの停留所を通過、と確認しながら乗っていた。玄妙観の停留所で降りると観前街に行ける。

    8/21/2009

    苏州站

    7月24日 蘇州駅

    上海を出発して30分ほどで蘇州に到着。乗ってきたCRH1を見送りながらホームを歩いて出口に向かうが、やけに遠い。途中に、CRH停車位置の看板。ホームはこの先にずっと続いていて、出口はそちらの方にあるが、CRHはここまでしか止まっていなかったらしい。振り返ってみると、ホームの高さが違っている。旧来の客車は乗降口がタラップになっていて、プラットホームは車内の床より低くていいが、CRHの車両は日本の普通の電車や地下鉄と同じく車内の床とホームは同じ高さの面で乗り降りするようになっているので、列車によってホームの高さを使い分ける必要があるようだ。そのために、1本のホームのうち、高くした後の方にCRHが停まり、旧来の客車の列車は前の方に停まるのだろう。

    と、そんな写真を撮っている間に、後からやってきたCRH2が通過して行った。はじめてお目にかかるCRH2である。これに乗りたかったのだがー。

    それから、線路の南側にある駅舎は以前に蘇州に来たときと基本的に同じだったが、線路の反対側に何か巨大な建築物が建設中だった。新しい駅ビルが建つのだろうか。なんか、不思議な形をしている気がするが。

    8/20/2009

    上海火车站

    7月24日 上海駅

    水郷古鎮をあきらめて、CRH (いわゆる中国版新幹線) で蘇州行きに計画変更したが、これは何隠そう、去年の杭州行きのリベンジである。CRHには何種類かあって、最初に乗った広州=深圳間のものは、ボンバルディア社の車両がベースのCRH1。上海ではJR日本の新幹線車両がベースのCRH2が走っているので、それに乗ってみようと、去年の日食旅行で上海に立ち寄った際に、かなり強行スケジュールで杭州に行くCRHに乗ってみたら、広州で乗ったことのあるのと同じタイプのCRH1だった。

    今回は、事前にそのあたりの事情を更によく調べてみると、CRH導入当初は上海=杭州間にもJRタイプのCRH2が使われていたが、その後、杭州への路線は全部CRH1になって、上海からのもうひとつの、蘇州、南京方面に行く路線にはCRH2が走っているが、それも全てがCRH2ではなく、CRH1とCRH2が混在して使用されていて、時刻表を見ただけではどちらの車両が使われているかはわからないという。とはいえ、杭州では100% CRH2に乗れる見込みはないので、蘇州、南京方面で行きか帰りのどちらかでもCRH2に当たればOKという感じだ。

    行き先は、午後からのトンボ帰り旅行なので、もっと遠くにすると時間がかかってしまうが、蘇州までなら片道たったの30分程度だし、行き先での滞在時間は短くてどのみち行き先でゆっくり見て回ってくることは出来ないが、蘇州は以前に行ったことがあってだいたい様子はわかっているので、目的地を定めてピンポイントで行ってくればいいと思った。

    さて、去年の杭州は新しい上海南駅だったが、蘇州に行くのは昔からの上海駅の方だ。行ってみると、セルフサービスの切符売り場というのができていて、近距離のCRHの切符は、ここにある自動販売機で買うようになっている。自動販売機ごとに、行き先の駅名が表示されていて、それぞれのところに並んで買うようになっているように見えたが、実際はどの販売機でもどこ行きの切符でも買えるようだった。ただし、前回買った駅名が次に残ってるので、そういう風に振り分けておいた方が効率がいいということかもしれない。壁面の上の方に大きなディスプレイがあって、自動販売機の使い方を説明しているビデオが流れているが、画面にマウスポインタが残っているままなのはご愛嬌。

    観光バスのチケットと同様、果たして、当日のCRHの切符がその日の昼頃に行ってちゃんと買えるものかどうか不安だったが、12時ちょうど頃で14:21発の切符が買えた。すぐの便ではないが、まあよしとしよう。

    自販機から出てきた切符は、下の写真のようなもの。中国の鉄道の普通の切符は以前に紹介したように、みんな同じ体裁で、広州深圳間のCRHの切符はRFタグ化はされていながらも、見た目は同じようにできていた。去年の杭州のときは、CRHだから特別ということろはなく、普通の切符と同じだった。ところが、こちらは見ての通り、普通の切符とは異なる体裁のものだ。裏面が黒く、注意書きが白い文字で書かれているが、磁気で情報を書き込んだ、CRH専用の切符のようだ。右下隅に“和谐号”の文字が入り、背景にうっすらとCRH2の姿が描かれている。

    ちなみに、2007年の春から営業を開始したこの中国版新幹線だが、色々な呼び方があって、いつもどういえばいいか迷う。日本人には中国版の新幹線というのが通りがいいが、CRHという呼び名も使われれば、和諧号とも呼ばれる。和諧号は日本のひかり号、こだま号といった種別に応じた名前ではなくて、CRHは全部和諧号だ。動車組という少し専門用語的な由来の言葉も使われているが、今回の上海ではこの動車組または動車という言い方が普通の会話の中では最もポピュラーなように感じた。

    切符を入手した後、時間つぶしに、一度人民広場の方に戻って、南京路より少し南側にある、ラッフルズシティという大きなショッピングビルの中を少しうろついてみた。それから、そういえば、本屋に行ってないと、5年前に初めて上海に来て南京路で入った上海書城の記憶を頼りに行ってみたが、どうもそのあった場所は新しいビルになっているようで見当たらなかった。

    そうこうしているうちに時間が近づいたのでまた上海駅に戻る。待合室は、軟席候車室という看板があったので、CRHは、中国の鉄道の硬座、軟座の区別で行くと全部軟座扱いなので、そこが使えるのかと入ろうとしてCRHの切符を見せたがダメと言われた。杭州に行ったときの上海南駅では軟座用の候車室が使えたが、どうもこちらは扱いが違うようだ。すごすごと、一般乗客が大行列をなす入り口に向かう。考えてみれば、CRHはかなりの本数が運行されており、その乗客全部が軟座扱いなのだから、そんなにたくさんの人数を特別待遇にはできないということか。

    荷物検査を通って中に入ると、通路の両脇に並ぶたくさんの待合室のうち、CRHはCRH専用の待合室になっている。待合室の入り口には先の磁気切符で通れると思われる自動改札機が並んでいたが、故障のため一時的に使用中止と書かれた、しかし間に合わせにつくったわけではなさそうな、立派な看板が置かれていて封鎖されており、全員一番端の普通切符用の通路を1列になって通っていた。切符には昔の日本のようにハサミを入れていたが、磁気対応の紙質のせいか、ハサミがなまっているのか、全然きれいに切れていない。

    待合室の中はだだっ広くて、椅子も何もない。売店はあって、飲み物などを売っていたので買ってみたら、モノはどこでも普通に売られているものと同じなのだが、ペットボトルのキャップに鉄路専銷と書かれたシールが貼ってあった。

    さて、いよいよ時間が来てホームに下りてみると、今回もまたCRH1だった。がっくし…

    8/19/2009

    上海旅游集散中心

    7月24日 上海旅游集散中心

    翌日は、上海市内を少し離れて近郊の水郷古鎮へでも行こうかと思っていた。周荘、同里、甪直、西塘、烏鎮といったところがあるが、近目のところで朱家角あたりにするかという予定だった。なるべく朝早く出かけるつもりだったが、何かぐだぐだしているうちに結構遅くなってしまった。これらの目的地に行くには、上海旅游集散中心というバスターミナルに行くと、現地の入村料などと往復のバスがセットになったツアーバスが出ていて便利そうなので、そこに向かった。

    地下鉄の最寄り駅は上海体育館または上海体育場 (まぎらわしい)。人民広場から1号線1本で行ける上海体育館駅で降りる。案内表示に従って歩いていくと、道の向こうに写真の茶色の看板が目に入った。上海旅游集散中心の文字だけを見て、ああここだと思って行ってみたが、市内観光バスらしきものはあるにはあるようだが、どうも自分の行きたい目的地行きのバスがない。もう一度表の看板をよく見ると、上海旅游集散中心は、向かいの上海体育場5号ビルの階段の下にある、と下に書いてある。がっくり。この場所は実際は右の写真にある通り、漕溪路公交枢紐站という市内バスのターミナルだ。最初のの看板はこの写真の右の奥の方に見える。

    そんなわけで、時間を無駄にしつつ、スタジアムの脇にある本物の旅游集散中心までたどり着いた。本物の写真は撮り忘れていたので無い (笑)。さて、そこで朱家角行きのチケットを買おうと思ったら、もう当日分は全部売り切れだという。確かにこの時点で既に10時半くらいになっていたので、遅かったのかもしれない。やはり、ちゃんと朝早く出てくるべきだった。他のところに行くものも2時半のまでないとか、そんな感じだったので、往復のバスの時間を考えるとあまり現実的でなさそうに思い、あきらめることにした。

    そこで計画変更して、今回はこの日を水郷古鎮に行くのに使うと、乗る機会がないとあきらめていた、CRH2に乗るために、蘇州へ行くこ案を復活させることにして、旅游集散中心を早々に後にした。続きは次回。

    8/18/2009

    康駿会館

    7月23日 康骏会馆

    金融中心から帰ってきた後は、この日は以前会社の仕事で一緒したメンツと夕食の約束である。ステップアップリングがどこで売っているか相談した例の2 人である。ホテルのロビーで待ち合わせ。特にどこに行くと決めていなかったが、行ったのはホテルの近所の干鍋居という店だったと思う。というのは、ここに しようと言われて入ったが店の名前はよく確認していなかったが、後で場所から調べてみて、この店のようだということ。夕食会は、旧交を温めてつつがなく終了。2次会とかには特に行かず、彼らはそのまま帰って行った。

    で、まだ夜も遅くないので、昨日行けなかったaripさんの代わりに、ローラの上海レポートで紹介されていたマッサージ店へ。今度は、行く前にaripさんのblogに書かれていたコメントも参照して店名の康駿会館と場所を確認してから行った。南京路から一本南の九江路にあるがちょうど交差点のところなので南京路から見える。ちょうど地下鉄の南京東路駅のところで、ホテルからはひと駅だが、歩行街を散歩がてら歩いて行ける。確かに、takatch_jingshangさんの言う通り、渝信川菜というレストランの入っているビルの3階だ。ビルの入り口を入ろうとすると、椅子におじさんがすわっていて声をかけてくるが、これは4階に入っている日本人向けクラブの客引きだ。3階に行くのだと言うと、別にしつこく誘ってはこない。そのままエレベータに乗って3階へ行く。

    エレベータを降りると、ちょうど正面がテレビで見た看板のあるフロント。ということで、証拠写真も載せておく。料金は全身マッサージ60分で、マッサージ師が星がいくつだったか、ちょっといい方のを選んで180元。ちょっと高目かなぁ。内容は、まあ普通だったなぁ。延長を勧められたが、おことわりしてホテルに帰る。

    8/17/2009

    上海环球金融中心 (上海ヒルズ)

    7月23日 上海环球金融中心

    盧浦大橋の後は、去年に完成した上海環球金融中心、Shanghai World Finance Center (SWFC)。上海ヒルズという日本人向けの通り名もあるし、単に森ビルという人もいるようだが、どの言い方がいちばんわかりやすいだろうか。てっぺんに風穴が開いていて、「栓抜き」のように見えるビルである。去年の日食旅行の行き帰りに上海に立ち寄った際には、まだオープンしていなかったので、離れたところから眺めただけだった。

    日食の下見で来たときからわかっていたが、陸家嘴の駅のまわりは工事中の囲いであちこち塞がれていて、この金融中心や金茂大厦に行くには、何の変哲もない工事囲いの隙間の通路を延々歩いて行った先にある。入り口のところから眺めただけでは果たしてこれを行けば目的地にいけるのかどうかよくわからないし、看板も何もない。自分も、念のためこの通路から出てきた人にここを行けば金融中心にいけるのかと聞いて確認してから足を進めた。その方向から行くと、手前に金茂大厦が見えて、その向こうが金融中心なので、金融中心の方が小さく見えるが、実際に高いのはもちろん金融中心の方。建物の入り口の方に近づくと、てっぺんの穴は角度的に見えなくなってしまう。

    展望台への入り口は、交差点の方から近づいてきてすぐの、地下に向かうスロープになった入り口に向かえばいいのだが、そこをスルーしてしまって、ビル内のオフィスへの入り口に向かってしまったため、どこから展望台に行けばいいかわからず、次にショッピングモールの方に行って、それから地下に行って、展望台の入り口に戻ってきた。

    入場料は3段階で、94階まで100元、97階まで110元、100階まで150元。もちろん、高いけれども150元のチケットを買う。中国語で言ったのだが、チケットと一緒に何も聞かずに渡されたパンフレットは日本語版だった。

    エレベータでまず94階に向かうと、そのまますぐにエスカレータで97階へ。97階は、風穴の下側の端にあたる。天井もガラスになっていて、両側の柱で支えられた上の展望台があるのが見える。真っ白を貴重にまとめられたインテリアと静けさは、映画「2001年宇宙の旅」に出てきた宇宙ステーションの中を彷彿させる。ここからも既に金茂大厦が眼科に見えて景色は眺められるが、ここに長居は無用で、更に脇にあるエレベータで100階に向かう。

    100階の展望台は、風穴の上側の下辺にあたる部分である。床が全部ガラスでできていて、床の下は構造物の下はすぐ風穴の空間なので、足元から下が見通せる。東京タワーにもマカオタワーにも同様な下が見えるところが設けてあって、そのガラスの上に足を乗せるのはいくらかは勇気がいるものだが、ここまでたくさんあると、逆に感覚がマヒして下が見える部分の上に乗っていても何とも思わなくなる。

    天気が悪かったので景色を堪能というわけにはいかなかった。見ての通り、すぐ近くのビルもこんなふうに霞んで見えている。最後の写真は、日食を見た場所から見えていたビル一帯を逆方向から見た状態である。向こうから2つのビルの間からこのビルが見えていたように、こちらから見るとその2つのビルの隙間の向こうの川岸に、私がいた場所が見える。

    100階で十分な時間を過ごした後、エレベータで降りると、94階のロビー着く。100元のチケットを買った人は最初からここだけに通される。100階、97階に比べると十分に広いフロアで、みやげ物屋などもある。ここを後にしてエレベータで降りると、最初の入り口ではなく、ショッピングモールの3階に通じるところに出る。このパターンはどこもお決まりか。

    8/16/2009

    盧浦大橋

    7月23日 卢浦大桥

    この日の午後は、高いところシリーズ。自分は高ところが結構好きで、旅行先でも必ずその都市の一番高いタワーなり建物なりに登りたくなる。上海で一番高いビルはこの後で行くことにして、その前に、ちょっと変わったところで、アーチ橋のアーチ部分に登っていけるという、盧浦大橋に行った。これは、ローラの上海レポートでは出てこなかった (笑)。そういう橋は、オーストラリアのシドニーにあるものとここの世界に2つだけだそうだ。本当は高いところに登るのは天気のいいときにしたいところだが、天気予報はこの日も翌日もおなじくらい悪そうだったので、仕方ない。

    地下鉄で鲁班路まで行き、そこから歩いて内環高架路と南北高架路のジャンクションの下をくぐって、南に向かうと橋のたもとに行ける。この橋の両側の黄浦江の両岸が上海万博の会場になるところなので、道沿いには“上海万国建设工程项目管理有限公司”なんてのがあったりした。

    橋の道路面に登るエレベータがある建物のあるところの橋の下一帯の敷地の入り口にゲートとがあるが、そこを通って中に入ろうとしたら、警備員に止められた。チケット売り場はてっきり中の建物のところにあると思ったら、ゲートの外に売り場があった。道の反対側を通ってきたので目に入らなかった。先に来たグループは車で来てゲートの中の駐車場に車を止めて、一旦外に出てきてチケットを買っているようだった。自分もチケットを買って中に入る。払ったのは38元だったが、チケットには80元と書いてある。今回行く前に買ったまっぷるマガジンでは68元。一体どうなってるの?

    エレベータは橋の両側にあるが、観光客用に開放されているのは片側。なんか、行きはこっちから、帰りはあっちから、みたいな表示がしてあるように見えたのだが、実際は片方だけで同じところを行って帰ってくる。ちなみに橋を渡って向こう岸に行けるものだと思い込んでいたのだが、アーチの頂上まで登って、同じところを引き返してくるだけである。

    客はそんなに多くなく、一緒になったのは先の4人組のグループと私だけ。先のグループが手荷物は預けるようにと言われているが、私のデイパックはと聞いたら、それはOKという。物を上から落としてしまったりしないように手持ちの荷物はいけないということらしい。案内係りと一緒にエレベータに乗って路面へ。建物の案内係りはそこまで。あとは自分で勝手に歩いて行く。

    アーチのところまで来ると、ここにも海宝が (笑)。と、そこで、先の4人組。カメラをカバンの中に入れたまま預けてきてしまってカメラがないので、写真を撮ってeメールで送ってくれないかというので、快諾。アーチの前で海宝と一緒に並んでイー、アル、サン。で、4人のうちひとりだけの中国人のメールアドレスを教えてもらう。きれいな英語をしゃべる。あとの3人は西洋人だったので、てっきり観光客とガイドかと思ったが、あとで聞いたら、3人はオランダから来ていて、その中国人も一緒に働いている同僚だそうで、もらったメールアドレスを後で調べたらどうやらオランダの外務省だ。となると、どうしてその日にそんなところに観光に来ていたのかなとも思うが。記念写真だけでなく、ついでに登っていくところなんかも写真を撮っておいてあげた。

    さて、アーチのところを登っていくところで、ちょうど万里の長城を連想したが、実際に登ってみるとそれほどたいしたことはない。登るにつれて坂が緩くなるのも気分的に楽になる要因か。手すりも十分な高さがあるので、そんなに怖い感じもしないと思うが、先のグループは多少怖がっているようだった。

    頂上に達すると、道の反対側につながっている部分にも行けて周囲360°の景色を堪能できる。が、天気が悪かったのであまり遠くまでは見えなかった。アーチの間から真下の道路に物を落とさないように、ネットがかかっている。先に向こう岸に渡れるわけではないと書いたが、施設としては、全てのアーチ部分に階段がつくってあって、向こう岸にも歩行者が上下するためのエレベータのついた建物がちゃんとある。頂上に通じている残りの3つの階段は、そこで“游客止步”と書かれたドアで塞がれていた。

    頂上部にはガイドがひとりいて、安全の確認をしている様子だ。ちょうど頂上にいる間に雨がぽつりぽつりしだした。ガイドが雨具を貸そうかと言ってくれたが、まあたいしたことなさそうだったので辞退したが、そんな用意までしているようだ。

    8/15/2009

    呉江路小吃街

    7月23日 吴江路小吃街

    上海城市规划展示馆の次は、昼食がてら呉江路小吃街へ。これまたローラの上海レポートで紹介されてたやつ。というか、それを見てaripさんが行きたいリストに掲げていたやつ。再開発のために近く取り壊しとの噂もあるのでその前に行っとかないとと。

    距離はそんなに遠くはなくて、地下鉄ひと駅行った手前側なので、歩いて行ってもたいしたかとないのだが、まあ交通卡もあるので地下鉄で行く。2号線の南京西路の西側の出口に出てしまったようだが、そこから東に向かって歩くと、石門一路までは既に新しいオシャレな街並みになっている。石門一路を渡ると入り口に横断幕があって、そこから東側が昔ながらの小吃街。小さな店がひしめき、道路もなぜかくねくね曲がっている。そんなに長い距離ではないので、何度も行ったり来たりして、適当なものを探す。写真に撮ったのは結局テレビで紹介されていたものばかり (笑)。

    小楊生煎館は生煎の有名どころ。生煎は小籠包と似ているが、てっぺんがひねった形になっていないし、もっと大振りで、底はカリカリに焼いてある。食べると中からは熱い肉汁が出てくるのでやけどに注意。すぐ近くに2軒お店があって、どちらもずっと行列ができていた。店のなかで食べることもできるし、テイクアウトもOK。先にレジでお金を払ってから、横で目の前で次々に焼いているおねーさんにレシートを見せて受け取る。

    こちらの烧烤王は色々な焼き物を売っているが、これまたテレビで紹介されていたタコ焼きを買った。日本のように爪楊枝ではなく長い串が付く。味は確かに日本のタコ焼きとはちょっと違う。

    この後、そのまま次の目的地に行くつもりだったが、迂闊にもデジカメCX1のバッテリ切れ。結構バッテリが長持ちするので油断していた上に、予備のバッテリを持って来忘れていた。充電済みの予備バッテリはホテルにあるので、仕方なく一旦ホテルに戻る。帰りは南京路を歩くことにした。

    8/14/2009

    上海城市规划展示馆 (上海都市計画展示館)

    7月23日 上海城市规划展示馆

    日食の翌日からは、普通の上海観光。まずはホテルからすぐ歩いていける距離にある上海城市规划展示馆。これもNHKテレビで中国語のローラの上海レポートで紹介されていた。ホテルのある北側から西藏路沿いに歩いて行くと、建物の東側に入り口があるのだが、建物の構造からして正面入り口は南に面した方のように見えたので、わざわざスルーしてそちらまで行った (写真)。確かにそちらが正面入り口なのだが、なぜか閉鎖されている。ここにも海宝が。で、結局東側の入り口から入る。入場料30元。

    これは入ってすぐのところにあるオブジェ。ターンテーブルに乗ってくるくる回転している。ちょうど、その前で職員の紹介用か何かの写真撮影をしていた。このオブジェの縮尺はまちまち。建物どうしの高い低いは実際とは異なる。東方明珠電視塔、金茂大厦、環球金融中心は高さの順序がちょうど逆だ。

    この展示館の目玉は巨大な上海の都市の模型。広いフロア一面に上海の市街の建物が500分の1の縮尺で再現されている。まだ計画中のビルもここでは既に建っているので、浦東の金茂大厦、環球金融中心の隣にもっと高い上海中心が既にそびえている。一部の建物はライトが点灯するようになっていて、ときどき照明が変化する。

    周囲に手すりのついた見学通路がめぐらされていて、そこから見るようになっているが、真ん中の方には近づいて見ることはできないから、オペラグラスでもあった方がいいかもしれない。

    最初に紹介した、飛行機から撮った写真を、それに近いアングルで撮った写真と並べて再掲しておく。まあ、角度が全く同じというわけにはいかないので、画像もそっくりとはいかないが。

    こちらは、バーチャルリアリティルーム。ドーム状ではないが、周囲360°の全周映像。全てCGでできている。投影は天井に放射状に設置された、割と普通のちょっと大き目なプロジェクタ。結構安上がりにできていそうだ。

    人間が見る景色はそんなに上下に広がっていないので、このくらいでも案外臨場感はある。

    展示館の見学を終わって出口はどこかと見回すと、非常階段のようなところに出口と指示されていて、本当にどこに連れて行かれるんだろうかというような通路を通ると、1930风情街という地下街に出る。来館者を自動的にここに誘導する仕組みになっているらしい。ここに来たいだけの人は、外からここの地下街に直接下りてくる入り口があるし、奥のほうは別の地下街にずっと続いて、地下鉄の駅や他の商業ビルの地下につながっている。

    ここは、ビーナスフォートよろしく、天井に空が描かれていて、1930年代の上海の商店街を再現してるということのようだ。実際に店舗が営業しているのだが、その中のひとつがこのキタタネイルアート社。なぜか上の看板はキタタネト社となっている。キタタの方は中国語で喜多多となっているので固有名詞としてそれでいいとして、ネイルアートがネトとは日本語的にはそんな省略の仕方ってないと思うのだが、一体どうしてそうなったのだろうか?

    8/13/2009

    日食が見られなくて残念でした夕食会

    日食当日の夜は、aripさんの呼びかけで、本来、日食が見られてよかったね集会の予定だったが、残念会になってしまった。

    参加者はaripさんと、去年の甘粛省への中国国内ツアーで一緒だったTaさん。それからaripさんとネットで知り合いの上海在住の中国の方。

    去年のツアーで一緒だったToさんは、運悪くアメリカ出張。Oさんは、駐在が終わってご主人は帰国しているが奥さんの方はまだお子さんと上海にいたけれど、日食当日に日本に戻ることになり、午前中に日食を見た後、空港に向かったそうで、私が女子三人組と南京路歩行街の端で別れた後に、今浦東空港です、と電話がかかってきた。

    一度ホテルに戻ってから投げっぱなしにしてあった機材を片付けたり、乾かしたり、残念な写真を速報でiPhoneのPhotoShareに上げたり してから、その日は後は夕食会まで特に予定がなかったので、天気がよければ、実際は翌日に行った高いところ方面に行ってもよかったのだが、あいにくの雨だったので、少し休んでから近所をうろついたりしてゆっくり過ごした。

    夕食の待ち合わせは、aripさんの泊まっているホテル、ル ロイヤル メリディアン 上海 (上海上海世貿皇家艾美酒店) のロビー。私の泊まっているホテルとは南京路×西藏路との交差点をはさんで斜め向かいだが、ホテルの入り口は裏側にある。私の泊まっているラディソンも、結構な高層ビルで、てっぺんには回転レストランとスカイドームのついた特徴的な建物だが、こちらはそれよりももっと高層である。

    食事はすぐ近所にある割と有名らしいレストラン、新雅粤菜館。食事後はaripさんと二人でホテルの最上部66階にあるバー、“789南京路酒吧”へ。下の右側の写真はそこから撮影したラディソンを見下ろした写真。

    aripさんが、「テレビで中国語」のローラチャンの上海レポートでやっていたマッサージ店 (えっちなところじゃないので念のため) に行きたいと言ったが、下調べがよくなくてどこにあるかわからず。事前にblogで店の名前や場所を教えてもらってたのだけれど。詳しくメモって来ていなかった。テレビの該当シーンをiPhoneに入れて持ってきているのだが、それをバーの店員に見せて聞いてみるも、わからず。

    aripさんは、もう明日帰国で、出発は朝早いので、ここまででお開き。

    8/12/2009

    日食を見に来た人たち

    私が日食を見る場所にした浜江大道。私の見た地図やガイドブックではみなそういう名前になっていて、単なる道路のようだが、黄浦江の岸沿いの細長い公園のようになっている。ここは特に日食観測のための場所というわけでもなく、日食観測ツアーでやってきている人たちはこんなところに来ずに、郊外の条件のよさそうなところに行っている。私以外にそこに来ていたのはどんな人たちだろうか。

    私のように日食を見るために来た人も結構いるにはいたが、おそらく、別に日食なんか興味はない人もたくさんいたと思われる。公園の池の掃除のおじさんたちは、仕事だから仕方ないのかもしれないが、皆既日食になる少し前に雨が降りはじめた頃にホースで水を撒きながら掃除を始めていた。欠けたり、コロナになった太陽が見えなかったから仕方ないが、散歩しているだけで空には関心のなさそうな人も多かった。

    そんな中で、昨日の記事で少し触れた2グループとは話をしたので少し紹介しておく。

    後から来たオーストリア人の(たぶん)夫婦は、カメラと、小型の望遠鏡に投影版をつけたものを持ってきていた。太陽自身が見えないので、私なんかよりももっと、周りの様子をいっぱい撮っていた。2人連れなので、荷物を置きっぱなしでうろうろできるからいい。自分はひとりな上にカメラを複数台持ってきて設置したりしているので、まあ大丈夫そうだとはいえ、やはりあまりその場を離れにくかった。

    彼らはこの日食を見るために2週間の休暇をとって中国旅行に来ているということだった。19年前だかに自分の住んでいるところで皆既日食があったが天気が悪くて見られなかったそうで、去年私が甘粛省に見に行った皆既日食をノボシビルスクに行って見たそうだ。ノボシビルスクでも天気はよくて、皆既日食はよく見られた。それが初めて見た皆既日食で、今回は2回目になるばすだったが残念だったというのは、私と同じだ。

    もう一組の若い女性3人組は、鎮江から来た今年大学を卒業したばかりの同級生たちと、その片方の妹で高校を卒業したばかり。おや、中国は一人っ子政策ではなかったか、ときいたが、田舎では (そんなに田舎でもないと思うが) 結構一人っ子でなくてもいいのだという。そうなのか?

    鎮江は、上海まで高速鉄道で1時間半ほどのところ。前日に上海に来て泊まって、朝早くから浜江大道にやってきて、その日の午後にまた帰ってく。上海にそんなに遠いわけではないと思うが、上海に来たのは初めてだという。ほんとか?

    最初に声をかけたときは、なんか冷たくあしらわれて、日食を見ている間は全然話をしなかったのだが、帰りかけて途中で雨宿りしているところで、彼女らのデジカメで撮った写真がちゃんと撮れていたので、よかったら後でメールで送ってくれないかと声をかけたら、私が日本人だったことに驚いていた。地元の人だと思われていたらしい。しゃべらなかったらわからないものか?

    日食の後、帰りの電車までは特に予定を決めていたわけではなくて、おのぼりさんよろしく東方明珠塔に登るかとも行っていたが、この大雨では景色も楽しめないので、まあとりあえず地下鉄で人民広場駅まで一緒に行くことにして、せっかくだからと、私が機材をホテルの部屋に置いてくる間ロビーで待ってもらって、昼食をご一緒させてもらい、その後南京路歩行街を一緒にぶらぶらした後、上海駅に向かって行った。

    8/11/2009

    日食当日

    上海滞在3日目の7月22日、いよいよ皆既日食当日である。前日から雨の予報だったが、朝起きてみると以外にも空は明るい。雲はかかっているものの、どんよりというほどでもなく、うっすらと空が見えるところもある。運がよければ太陽も見えるなと思いながら機材をまとめてホテルを出て、予定した浜江大道に向かう。

    どのくらいの人がそこに日食を見に来て場所を占拠するか予想がつかないが、まあ部分食の始まる1時間前くらいに行って、予定の場所が陣取れなかったら、その付近か、第二候補の場所に行くつもりだったが、行ってみると、まだ朝早いこともあってかなり閑散としていた。予定していた岸沿いのベンチの列の、予定していた場所からかなり離れたところに三脚を持った人がいたが、それ以外は特に装備を持って見に来ているというほどの人はいなく、私の予定していたまさにそのベンチの隣のベンチに、若い女性3人組がいて日食を見るのを待っているようだったが、私の予定のベンチは空いていたので、そこに荷物を降ろしてしばし待つ。もう少ししてから、結構気合の入ってそうな西洋人とその奥さんらしき2人組が、その向こう側に陣取った。

    部分食開始の時間が近づくと三脚を立ててカメラをセットした。まだ欠けていない太陽が雲間から見えたときに、テレコン+フィルタでの撮影のためし撮りもした。しかし、薄く雲がかかっているためカメラを向けるのが難しい。カメラが本体のズームレンズだけのときは、広角にして目標を見つけてから徐々にズームしていけばいい。しかし、テレコンはそもそもズーム最大より更に望遠をとるためのものなので、本体のズームは最遠にするのを前提にできている。本体のズームを引くと、節穴からのぞいているような画面になってしまい、広い範囲が見えるようになるわけではない。そこで、太陽にカメラを向けるためには、天体望遠鏡で太陽を観測するときにも使うワザだが、地面にうつるレンズの鏡筒の影がちょうど正面になって円形に落ちるようにする。ビデオカメラの場合はカメラ本体の陰が邪魔になってそれほどきっちりとはいかないが、それでも影の形を見ればまあだいたいわかる。しかし、今回は薄曇りなので地面に影が見えない。目線を頼りになんとかカメラを向けるしかなかった。それでも、太陽がある程度の明るさで見えて入ればフィルタをかけても見えるが、雲が薄くかかって明るさが衰えてしまうと、フィルタを使うと暗くて見えなくなってしまう。かといって、フィルタをはずすと、例の絞りの故障のせいで明るすぎて画面が全部真っ白になって何もわからなくなる。まあ、仕方がないが、日食になってからできるだけ雲が切れてくれるのを願いながらカメラをセットしておく。

    やがて、部分食開始の時刻となるが、やはり太陽は雲に隠れたまま。時々、雲の薄いところからぼんやりと顔を出す程度。できるだけ明るくなったところを見計らって、欠け始めた太陽の撮影を試みるが、なかなか太陽をうまく捉えることができない。結局、日食の間、テレコン付きのHV10の方では全く太陽を撮影することができなかった。もうひとつの三脚に、ワイコンはないもののズーム最広角にしてセットしていた、HC3の方は雲の切れ目が明るくなっている様子を高層ビル群とともに撮影していたが、微妙に雲がかかっているときにズームしてみると、雲がフィルタの役割を果たして、カメラにフィルタなしで、欠けた太陽の形状を撮影することができた。今回の中で太陽が撮影できたのはこの1回だけだった。最初からテレコンでの撮影をあきらめて、このようなチャンスばかりを狙っていればもう少し撮れたのかもしれないが。隣にいた女性たちが手持ちのデジカメで撮っていた方が、よっぽどよく撮れているようだった。太陽が明るく見えているときも、デジカメに日食メガネをかざして、そこそこに撮れていた。

    しかし、時間が進むにつれ、雲は厚くなってきて、太陽がもっと深く欠けた状態はもはや見ることができなくなった。太陽が欠けているせいではなく、どんより とした雨雲のせいで周りが暗くなってきた。皆既食10分くらい前になると、とうとう雨が降り出した。それもかなり強い雨だ。もちろん雲の隙間などもう望む べくもない。2つの三脚に載せたカメラも、雨ざらしにするわけにいかないので、HC3を三脚からはずして手持ちにして傘をさしながら撮影し、HV10の方 はもう片付けてしまった。

    いよいよ皆既日食が近づいて周りが暗くなりはじめると、目の前のAURORAビルの壁面のディスプレイが点灯した。本来、昼間には点灯しないものだと思うが、日食で暗くなるのにあわせてわざわざ点灯させたものと思われる。他のビルはもともと周りが明るくてわからなかった室内の明かりが目立って見えるようになって夜景らしくなってきた。

    太陽は見えないが、皆既食になるとまわりはみるみるうちに暗くなっていき、ビルの明かりと、上空の雲の照り返しがあるので、もちろん真っ暗闇というわけにはいかないが、夜と同じになった。皆既日食では、頭上の空は真っ暗になっても、遠くの方はその場所では皆既日食になっていないせいもあって地平線のあたりだけ夕暮れのようにぼんやり明るく見えるものなのだが、今回は空が雲で覆われているため、遠くも暗くて、空全体が夜と同じに見えた。

    雲のせいで太陽が見られなければ、単にまわりが暗くなるだけで、もちろん昼間に世間が急に暗くなるという現象自体は珍しいものだが、その瞬間だけ切り取って見たら、単に夜景と違いないのではないかと思ったが、よく考えてみると、先ほどのビル壁面のディスプレイと、恐らく暗くなると自動的に点灯する街灯を除いて、普段の夜景なら見られる色とりどりの照明が見られない。実に地味な夜景である。この日常の夜景との差異は、都会での皆既日食ならではだったと言えるかもしれない。

    雨の降る中、5分間の夜が終わると、また空は急速に明るくなってきて、皆既日食終了である。もはや、空の状況からして戻っていく部分食も太陽が少しでも見られる様子はなさそうなので、雨足が弱まっている間をみはからって撤収である。自分も荷物もみんな雨でぬれてびっしょりであるが、仕方ないのでそのまま片付けてその場を後にすることにした。